芦浦観音寺跡(国史跡)
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5.0点
(2件)
滋賀県草津市芦浦町
平成16年9月芦浦観音寺跡が国史跡に指定。
この寺は安閑(あんかん)天皇の時代(531〜535)芦浦の地に屯倉(みやけ)(天皇の直轄領)があったところから、聖徳太子の発願により、秦河勝が建立したものと伝えられる。
南都大安寺の「三綱紀」によると、奈良時代には伽藍の規模も大きく、宗派も三論(さんろん)宗に属していたが、伝教大師最澄の延暦寺開祖とともに天台宗の別格寺院となった。
延暦寺の湖東における一拠点であり、守山の東門院とともに比叡山を守護する重要な役割を果たしていた。一時は廃墟の状態にあったが、1408年(応永15年)僧歓雅によって中興され、京都普歓寺の末寺となった。
その後、織田信長が1574(天正2)年に観音寺に湖水奉行をまかせて以来7代110年にわたって観音寺は湖上一切の管理にあったので寺運も漸次隆盛にむかった。琵琶湖の船全部に通行許可として与えた「江州諸浦船之帳」の焼印が残っている。この印のない船は将軍の御座船であろうと、漁師の田舟であろうと湖上交通は許されなかった。
境内には国の重要文化財の阿弥陀堂や書院があり、現在は塀に囲まれ、内部に石垣や土塁を配した中近世の城郭想起させる寺観を有している。
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